2020年6月24日 (水)

寺報 第121号

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2020年6月10日 (水)

菖蒲会(あやめえ)~総永代経法要~

6月7日に本堂と14日に墓苑で、菖蒲会(あやめえ)~総永代経法要~が勤まりました。

ご自宅からも参拝できるよう、映像を掲載しています。

御懇志をお納めくださった方は、例年のとおり仏前に奉告いたしました。

インターネットなので、個人情報にあたる当該箇所の映像はカットしています。

 

本堂(堀切)の映像

寺族で阿弥陀経のお勤め

 

墓苑(志津)の映像

44分頃から法話(40分一席)

 

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2020年6月 6日 (土)

築地本願寺「お坊さんのお話 WEB配信」

5月に収録した法話が公開されました。

講題は「報土をねがうということ」です。

下の写真をクリックしてご覧ください。

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2020年6月 2日 (火)

寺報 第120号

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2020年5月 5日 (火)

善導大師とよむ往覲偈

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 観光地をのぞいて、日本の寺は葬儀のイメージが強い。裏を返せば「死ぬまで用事がない」と考える人がほとんどじゃないだろうか。身内が亡くなって、はじめて寺から来ていた封筒をさがすこともあるだろう。それだけが、残された生命線かもしれない。

 なんで「死ぬまで用事がない」ことにしたいのかというと、「寺と関わったら金を余計にとられるかも知れない、日一にちを過ごすんでも足りないのに、そんなことしてられますか」じゃないかと思う。あるいは、「宗教はヤバい」。

 むかし仏さまの教えが、人々のあいだにイキイキとしていたころは、仏教(人を苦しみから解放する教え)を尊んで寺を建て、壊れては直し、管理する坊さんの衣食住まで面倒みようと、寺から求めなくたって布施にいそしんだ人々がおおぜいいた。苦労も多かったろうけど楽しかったんだろうな。

 いつからか、人々から寺へ向いていたベクトルは反転した。坊さんは寺を半ば私物化し、たびたび寄附を募るようになって、求められた人々は耐えられなくって逃げ出し(年貢からカケオチするみたいに)、墓を動かせずに止む無く関係を継続している人々の力によって辛うじて支えられている。(その限りではない)

 なぜこんな事になってしまったのか。国から檀家を与えられ「これで食べていけるから、お弔いだけしてれば大丈夫」と、骨抜きにされた寺中の凡夫がいた。別でない自分もそのひとり。テレビをみては、いつかオダムドーのようにスポーツカーに乗るもんだと思っていた。

 お釈迦さまは、最後の旅(『涅槃経』)でこんなことを仰ったという。
「ある人が、もし信心をえて念仏するならば、ぐるりの仏さまたちは、いつもこの人をみまもっている。たとえば山のなかや木々のあいだにいるときも。あるいは人の往来があるような市井にあっても。その時間が昼の日なかでも、夜の宵闇であろうと。仕事をしているときだって、のんびりとくつろいでいるときだって。仏さまは、いつでもこの人とともにいる。まるで目の前にいて話しかければ応えるように。そして、この人をはぐくみ、導いていらっしゃるよ」と。

 だから、仏さまの用事は、死ぬまえから、もうすでにはじまっているんだ。葬儀のお弔いだけが、寺の能じゃあないってんだ。死ぬ前からはじまってるのだけど、だからといってお弔いがくだらないわけではない。

 お弔いは、とても重要な仏事。人は自らの死を認識して、はじめて主体的に生きる。葬儀は、自分の後生を考える大事なきっかけとなる。
 しかし亡くなった人の先行きを案じて葬儀を済ませ、済んだら死の隠蔽された日常へかえり、与えられた役目だけを受動的にこなすだけの日々ではつまらないという事を、あたしは言いたい。主体的に生きる、という事は、ちょっと難しい(アイヒマンの裁判でアレントが主張したように)のだけど、主体的に生きようとする事はできる。仏さまの教えは、その催促をなさる。

 前置きが長くなりましたが、こんな事を自室にこもって一日かんがえながら、ちょっとしてみた事があります。

 まず、葬儀の手順として、1臨終、2納棺、3通夜、4出棺(ここでようやく棺を葬場へ運ぶ)、5葬儀、6火屋、7還骨、(8中陰)、9納骨とあるわけです。
 かつてはいちいちを丁寧に勤めた頃があったというのですが、人や場所(や、人間関係や、コスト)の都合で、どんどんどんどんコンパクトになりました。一日で5葬儀と9納骨を墓で済ませてしまうこともちらほら。

 そして2納棺を自宅でして3通夜という段取りも、病院から葬場へ直行するようになったので、お勤めは3通夜からはじまる事がほとんど。そんなわけでオカミソリも通夜に葬場であてるようになりました。

 本題は、2納棺にあたって読誦される『無量寿経』往覲偈。この由縁あってか、わがセクト(浄土真宗本願寺派 東京教区)では、通夜に『初夜礼讃』という天台声明の旋律を受け継いだメロディアスな勤行がなされることが多い。由縁というのは、、先に触れた『無量寿経』往覲偈の文句が『初夜礼讃』随所に散りばめられているのです。しかし、順序や文句の一部について、違和感をおぼえるわけですよ。

『無量寿経』往覲偈『初夜礼讃』って、ちょっと違う!

 いや、きょう比べてみたらだいぶ違かったんですが。そんな違和感をきっかけに、せっかく時間もあるから、対照表をつくってみたわけです。すると、だいぶ奥行きのある沼にハマって、気づけば日もとっぷり暮れていた。

 それでせっかくなので、対照表、ご覧ください。 先ず『無量寿経』往覲偈にラインナンバーを付して載せ、次いで『初夜礼讃』の文に対照する部分を記しました。それで、さいごに「自信教人信」について、ちょっと考えた事を置いています。

 

 はじめにこれは、むかしお釈迦さまがインドで説いた、阿弥陀如来について。

 

『佛説無量壽經(『大経』)』往覲偈 康僧鎧譯


01東方諸佛國 其數如恒沙
02彼土諸菩薩 往覲無量覺

03南西北四維 上下亦復然
04彼土菩薩衆 往覲無量覺

05一切諸菩薩 各齎天妙華
06寶香無價衣 供養無量覺

07咸然奏天樂 暢發和雅音
08歌歎最勝尊 供養無量覺

09究達神通慧 遊入深法門
10具足功徳藏 妙智無等倫

11慧日照世間 消除生死雲
12恭敬遶三匝 稽首無上尊

13見彼嚴淨土 微妙難思議
14因發無量心 願我國亦然

15應時無量尊 動容發欣笑
16口出無數光 遍照十方國

17迴光圍遶身 三匝從頂入
18一切天人衆 踊躍皆歡喜

19大士觀世音 整服稽首問
20白佛何縁笑 唯然願説意

21梵聲猶雷震 八音暢妙響
22當授菩薩記 今説仁諦聽

23十方來正士 吾悉知彼願
24志求嚴淨土 受決當作佛

25覺了一切法 猶如夢幻響
26滿足諸妙願 必成如是刹

27知法如電影 究竟菩薩道
28具諸功徳本 受決當作佛

29通達諸法門 一切空無我
30專求淨佛土 必成如是刹

31諸佛告菩薩 令覲安養佛
32聞法樂受行 疾得清淨處

33至彼嚴淨土 便速得神通
34必於無量尊 受記成等覺

35其佛本願力 聞名欲往生
36皆悉到彼國 自致不退轉

37菩薩興志願 願己國無異
38普念度一切 名顯達十方

39奉事億如來 飛化遍諸刹
40恭敬歡喜去 還到安養國

41若人無善本 不得聞此經
42清淨有戒者 乃獲聞正法

43曾更見世尊 則能信此事
44謙敬聞奉行 踊躍大歡喜

45憍慢弊懈怠 難以信此法
46宿世見諸佛 樂聽如是教

47聲聞或菩薩 莫能究聖心
48譬如從生盲 欲行開導人

49如來智慧海 深廣無崖底
50二乘非所測 唯佛獨明了

51假使一切人 具足皆得道
52淨慧如本空 億劫思佛智

53窮力極講説 盡壽猶不知
54佛慧無邊際 如是致清淨

55壽命甚難得 佛世亦難値
56人有信慧難 若聞精進求

57聞法能不忘 見敬得大慶
58則我善親友 是故當發意

59設滿世界火 必過要聞法
60會當成佛道 廣濟生死流

 

 

 そしておよそ千年後に、中国の善導という高僧がリヴァイバルしたのです。

『往生禮讃偈』初夜 善導大師


南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
彌陀智願海 深廣無涯底 [『大経』往覲偈L49]
聞名欲往生 皆悉到彼國 [『大経』往覲偈L5,L36]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
於此世界中 六十有七億
不退諸菩薩 皆當得生彼 [『大経』十方来生の段]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
小行諸菩薩 及修少福者
其數不可計 皆當得生彼 [『大経』十方来生の段]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
十方佛刹中 菩薩比丘衆
窮劫不可計 皆當得生彼 [『大経』十方来生の段]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
一切諸菩薩 各齎天妙華 [『大経』往覲偈L05]
寶香無價衣 供養彌陀佛 [『大経』往覲偈L06]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
咸然奏天樂 暢發和雅音 [『大経』往覲偈L07]
歌歎最勝尊 供養彌陀佛 [『大経』往覲偈L08]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
慧日照世間 消除生死雲 [『大経』往覲偈L11]
恭敬遶三匝 稽首彌陀尊 [『大経』往覲偈L12]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
見彼嚴淨土 微妙難思議 [『大経』往覲偈L13]
因發無上心 願我國亦然 [『大経』往覲偈L14]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
應時無量尊 動容發欣笑 [『大経』往覲偈L15/弥陀の欣笑、観音の受記]
[∽『大経』八相化儀の段/還相した菩薩の成道と欣笑、導化された菩薩の受記
∽『大経』五德瑞現の段/釈迦の悦予、阿難の願楽
∽『大経』讃佛偈/世自在王仏の光顔巍々、法蔵菩薩の悦予
∽『観経』散善顕行縁の段/釈迦の微笑、頻婆娑羅の阿那含、韋提希の観察]
口出無數光 遍照十方國 [『大経』往覲偈L16]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
囘光圍遶身 三匝從頂入 [『大経』往覲偈L17]
一切天人衆 踊躍皆歡喜 [『大経』往覲偈L18]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
梵聲如雷震 八音暢妙響 [『大経』往覲偈L21]
十方來正士 吾悉知彼願 [『大経』往覲偈L23]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
至彼嚴淨國 便速得神通 [『大経』往覲偈L33]
必於無量尊 受記成等覺 [『大経』往覲偈L34]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
奉事億如來 飛化遍諸刹 [『大経』往覲偈L39]
恭敬歡喜去 還到安養國 [『大経』往覲偈L40]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
若人無善本 不得聞!佛名! [『大経』往覲偈L41]
憍慢弊懈怠 難以信此法 [『大経』往覲偈L45]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
宿世見諸佛 則能信此事 [『大経』往覲偈L46,43]
謙敬聞奉行 踊躍大歡喜 [『大経』往覲偈L44]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
其有得聞彼 彌陀佛名號
歡喜至一念 皆當得生彼 [『大経』彌勒付屬の段]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
設滿大千火 直過聞佛名
聞!名!歡喜讃 皆當得生彼 [『大経』往覲偈L59][彌勒付屬の段]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
萬年三寶滅 此經住百年
爾時!聞一念! 皆當得生彼 [特留此經の段]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
佛世甚難値 人有信慧難 [『大経』往覲偈L55,L56]
遇聞希有法 此復最爲難 [特留此經の段]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
自信教人信 難中轉更難
大悲傳普化 眞成報佛恩
[『大経』流通分「
佛語彌勒 如來興世難値難見 諸佛經道 難得難聞菩薩勝法諸波羅蜜 得聞亦難 遇善知識聞法能行 此亦爲難 若聞斯經 信樂受持 難中之難無過此難 是故我法如是作如是説如是教 應當信順如法修行
 →仏、弥勒に語りたまはく〈如来の興世に値ひがたく、見たてまつること難し。諸仏の経道、得がたく聞きがたし。菩薩の勝法・諸波羅蜜、聞くことを得ることまた難し。善知識に遇ひ、法を聞き、よく行ずること、これまた難しとす。もしこの経を聞きて信楽受持することは、難のなかの難、これに過ぎたる難はなけん。このゆゑにわが法はかくのごとくなし、かくのごとく説き、かくのごとく教ふ。まさに信順して法のごとく修行すべし〉と。]
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
哀愍覆護我 令法種増長
此世及後生 願佛常攝受
[『勝鬘師子吼一乘大方便方廣經』/勝鬘夫人(シュリーマーラー)の偈
 →「どうか私を哀愍なさり、お護り下さい
仏法の種子(仏性)を増長させて下さい
この境涯に於いて、そして後生に及んで
願わくば仏よ、常に攝受なさって下さい
]

願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方極樂世界觀世音菩薩
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方極樂世界大勢至菩薩
願共諸衆生 往生安樂國

南無至心歸命禮西方極樂世界諸菩薩清淨大海衆
願共諸衆生 往生安樂國

普爲師僧父母及善知識法界衆生 斷除三障 同得往生阿彌陀佛國 歸命懺悔

 

@「自信教人信」の文に関する推考
本文「自信教人信 難中轉更難 大悲傳普化 眞成報佛恩」について

 大唐西崇福寺の智昇法師は、『集諸經禮懺儀卷下』に「自信教人信 難中轉更難 大!慈弘!普化 眞成報佛恩」と寫された。
 宗祖は『信文類(真仏弟子釈)』と『化身土文類(真門釈)』に「悲」は礼讃、「弘」は讃儀に寄せて引かれている。

その文の義について
 先ず「自信教人信 難中轉更難」は『浄土和讃』大経讃


如来の興世にあひがたく
 諸仏の経道ききがたし
 菩薩の勝法きくことも
 無量劫にもまれらなり

善知識にあふことも
 をしふることもまたかたし
 よくきくこともかたければ
 信ずることもなほかたし

一代諸教の信よりも
 弘願の信楽なほかたし
 難中之難とときたまひ
 無過此難とのべたまふ

 次いで 「大悲弘普化 眞成報佛恩」は、先ず「大悲弘普化」を『安楽集』に拠って『信文類』に
「いかんが名づけて大悲とする。もしもつぱら念仏相続して断えざれば、その命終に随ひてさだめて安楽に生ぜん。もしよく展転してあひ勧めて念仏を行ぜしむるは、これらをことごとく大悲を行ずる人と名づく」と承け、

「眞成報佛恩」は、『浄土和讃』の巻頭に
弥陀の名号となへつつ
 信心まことにうるひとは
 憶念の心つねにして
 仏恩報ずるおもひあり
と讃じられている。

 

@『勝鬘經』引文についての憶測
 本文「哀愍覆護我 令法種増長 此世及後生 願佛常攝受」について

 『勝鬘經』には、在家の女性信者 勝鬘夫人(シュリーマーラー)が釈尊の証誠を得るストーリーが描かれる。聖徳太子も在家信者として信奉した、大乗の経典である。

 善導大師が大経の『礼讃』にこの文を引かれた真意は分からないが、宗祖の大経和讃に〈必至滅度の願〉〈至心信楽の願〉と併せて〈変成男子の願〉を選ばれている事から思えば、『大経』の法門が出家・在家、男性・女性を問わずに、よく護り、仏種を育み、今生から当来にわたって、常に攝受する仏の教えである事を明示しているのだろう。

 

 

おしまい

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2020年5月 4日 (月)

5月の例時法座

 

アイリス、菖蒲と竹に梅。シャクヤクつぼみ、スノーボール 。

仏花は咲いてるのもあれば、まだのも。

第1日曜日は、月例法座。

十万億仏土から娑婆とをむすぶリモートワーク。

俵むすびの顔に海苔のよな髪をのせて住職が案内人。

下の画像をクリックしてみてください。

 

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2020年4月25日 (土)

またまたおしらせ

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中志津のユタカ(仮名)も、かなしそうに見えた。

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卯月中旬に門徒さんから「写経を奉納したいのですが」と電話がありました。

てっきり薬師寺で高田好胤さんが勧進なさった般若心経かと思ったら、浄土の妙典です。

読誦ながら校合して印をついたら納めます。意味は分からないと仰っていたけれど、まずもって字がきれい。

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そしてもうひとつ嬉しいのは妻が、帰敬式で用するオカミソリをしまう鞘をこさえてくれたこと。

刺子によるペウベルとパドマの意匠。

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そんなわけで、ウィルスの禍難に在っても、ささやかな幸せを味わっている。

ところで世の中の幸せは、見る影を潜めているようです。おおきなおおきな不安に圧し迫られて。

昭和43年、チータは「しあわせは 歩いてこない/休まないで 歩け♪」と歌った。

くじけずに歩きつづけたら、いつか「しあわせ」を手に入れられるのだろうか。

 

おしえてお釈迦さま

 

お経のなかで「幸」の字は「ねがい」という意味を示したりする。しかしそう読まない現在ではイメージしづらいので、「~して下さいましたら、これ幸い存じます」あてはめてみる。

シーンは、弟子が師匠にうやうやしく申し上げるところ。

たとえばジェダイナイトが、マスターに「フォースを欲望や憎しみの糧にはしません。そしてシスからの誘惑を退け、恐怖に屈しないジェダイとなります。これを条件として私をマスターに認めて下さいましたら、これ幸いに存じます」とねがうように。

お経の場合は、法蔵という菩薩が、世自在王という師仏に対して、「すべての人々を苦しみから解放し、かならずしあわせにすると誓います。これを私が仏になる条件と認めて下さったなら、これ幸いに存じます 」と申し出る。

この前提となった物語があるので、そのことをお話ししないとよくわかりません。それはつぎのとおり。

むかしむかし世自在王という仏さまがいました。ある国の王さまがその仏さまから教えを聞くと、とても嬉しくなってしまいました。そしてついに国も王位も捨てて菩薩(仏道をあゆむもの)となり、法蔵と名のりました。

そして先ほどのシーンがおとずれ、「幸」の字を用いて法蔵菩薩の”ねがい”が示されるのです。

次いで法蔵菩薩は師匠の指南を仰ぎ、21,000,000,000バリエーションの仏さまの国の成り立ちや国民の素性をみせてもらって、ひととおり検査し、自分は誰もが成仏することのできる浄土を作ろうとジックリよく考えたのだ。頭がバクハツするほどに。

いよいよ48の願いをたてて(ユニバーサルデザインの浄土を建設するための設計図のような)、ひとつひとつの完遂に自らの成仏をかけて誓いました。

しまいには、かさねがさねコンパクトな「南无阿彌陀佛」の名になって、十方(東南西北とそのあいだを合わせた2D、それから下のレイヤーから上のレイヤーまでぜんぶ合わせた3D)へ声に響かせて聞かせましょう、この”ねがい”を!」という修行を選ぶことにして、宣誓されたといいます。

 

これが「南无阿彌陀佛」という仏さまになった法蔵菩薩の「幸」のおおまかな内容。すると、くじけず休まず歩きつづけて、いつか手に入れようとしていた「しあわせ」は、もうどうやら、ここに来てるんですよね。

歌詞に綴られた、戦後の貧しさの中で祖父母の生きた世の中が追い求めた物質的な満足を意味する「しあわせ」とはひと味ちがうかもしれない。

法蔵菩薩の「幸」は、ぼくを苦しみから解放すること。世間の親だって、子を苦しませたくない、自分が食べれなくてひもじかった同じ苦しい思いをこの子にはさせたくない。そういう心ぶりは通じます。がしかし、あたしらが思いつける程度の苦しみからの解放と、仏さまがなさる苦しみからの解放は、やっぱり根本的にちがう。違うことはわかるけれど、どう違うのかは難しい。その難しいところを名に納め、「ナマンダブ」と聞かせて解放してしまうのが、たくみのわざ。

手に入れる前に向こうから入って来た、この仏さまの「幸」にであってしまうと、いままであたしが考えていた「しあわせ」に対する評価が、すこし変わるかもしれない。

 

日がな春をさがし、藜(あかざ)の杖をついて幾重の雲を追いながら草鞋を踏み破ったけれど、春は見つからなかった。家に帰って、試しに梅の梢(こずえ)をとったら、春は枝のいただきにあって、すでに充分(※筆者意訳)」という、宋の詩人・戴益(たいえき)が詠んだ漢詩を思います。

「しあわせ」はいつもここにある。みうしなうばかりの、あたしのなかに。

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弥生、中志津のユタカ(仮名) の傍にほころぶ梅。まもなく梅雨の季節へ。

 

かたつむり どこで死んでも わが家かな   小林一茶

 

 

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